【G線上のアリア】ピアノとバイオリンの為に編曲した曲!意味と作曲者は?

皆さん誰しも一度は耳にしたことがある、ゆったりとした美しい旋律の「G線上のアリア」。

最近では、東日本大震災のために復興支援のコンサートで、鎮魂と追悼のための曲として冒頭に演奏されました。

テレビや映画等で使用されることも多いですし、
学校の卒業式等の式典でも流されることがあります。

でも実は、皆さんがいつも聞いている「G線上のアリア」は元のオリジナルの曲を編集したものなのです。

G線上のアリアとは組曲の中の1曲

「G線上のアリア」という曲は単独なのではなく、
ヨハン・セバスティアン・バッハ作曲の
管弦楽組曲第3番の第2曲の、
BWV1068アリア(エール)を編曲したもの
です。

そしてアリア編曲をしたのは「アウグスト・ウィルヘルミ」

 

アウグスト・ヴィルヘルミ
出生名August Wilhelmj
生誕 1845年9月21日 ウージンゲン
死没 1908年1月22日(62歳没) ロンドン
出身地 ドイツ連邦、ヘッセン大公国
職業 ヴァイオリニスト
出典:ウィキペディア「アウグスト・ウィルヘルミ」

彼はドイツのヴァイオリニストで、当時流行っていたバイオリンのG線(バイオリンの四本の弦の一番低い音)だけで弾けるように、アリアをピアノとバイオリンの独奏用に編曲して有名になりました。

ちなみに、原曲の「アリア」はニ長調で、編曲して「ハ長調」に移調しています。

G線上のアリアの「G線上」とは?

G線上のアリアは「ジー」せんじょうのアリアもしくは「ゲー」せんじょうのアリアと読みます。

なぜ読み方が二つあるのかというと「G」を、英語では「ジー」と読みますし、ドイツ語では「ゲー」と読むからです。

この「G」はドレミファソラシドの「ソ」の音を指しています。

ではなぜこの「ソ」の線上のアリアというのかといいますと、ヴァイオリンと深く関わっています。

ヴァイオリンは4本の弦が張ってあり、低い方から「G」(ソの音のこと)、「D」(レの音のこと)、「A」(ラの音のこと)、「E」(ミの音のこと)の4音からなっていて、一番低い「G」の弦のみでこの曲が演奏できるという意味で、「G線上の〜」という名が付きました。

G線上のアリアの「アリア」とは?

アリアとは、独唱曲(ソロ曲)のことで歌劇やオラトリオ、カンタータの中にあります。

アリア はイタリア語で「 Aria」、英語で「Air」(エア)と呼ぶので、「エール」や「エア」とも呼ばれたりします。

特徴として旋律の美しさや華やかさがあり、オペラの有名曲などは多くがアリアです。

そして、G線上のアリアは独唱曲なのかというとそういうことでなく、独唱曲のような曲想という意味合いになります。

作曲者のバッハとは

ヨハン・セバスティアン・バッハ
出生名 Johann Sebastian Bach
生誕 1685年3月31日(ユリウス暦1685年3月21日)
出身地 神聖ローマ帝国の旗 神聖ローマ帝国 アイゼナハ
死没 1750年7月28日(満65歳没)
職業 作曲家、オルガニスト
出典:ウィキペディア「ヨハン・ゼバスティアン・バッハ」

ヨハン・セバスティアン・バッハは1685年から1750年まで生きたバロック時代のドイツを代表する作曲家です。

対位法を極め、「近代音楽の父」とか「音楽の父」と呼ばれています。

ヨハン・セバスティアン・バッハは1685年にドイツのアイゼナハという町で生まれ、10歳で両親が亡くなった事でその後はお兄さんに育てられます。

1703年の18歳から教会のオルガン奏者となり、1707年にマリア・バルバラと結ばれ、翌1708年にヴァイマルの宮廷オルガン奏者となります。

宮廷オルガン奏者とはその名の通り王宮でオルガンを演奏する人を指しますが、ヨハン・セバスティアン・バッハが生きたバロック時代は王朝等の権力者に雇われ、その場に応じた音楽を演奏する宮廷楽士という人たちが存在していて、名誉ある立場として君臨していました。

特にヨハン・セバスティアン・バッハは腕のあるオルガン奏者として知られるようになり、ヴァイマル時代にはたくさんの教会カンタータを作曲しました。

教会カンタータとはプロテスタント教会用のカンタータのことで、讃美歌と独唱と叙唱が交互に演奏されます。

そして1717年にケーテン=アンハルト公レオパルトの宮廷楽団長となり、オーケストラの指揮や器楽曲もたくさん作りました。

その後、1723年にライプツィヒにある聖トーマス教会のカントルに就任。

(ライプツィヒ 聖トーマス教会 建物内)

カントルとはオルガン伴奏をしたり、聖歌隊の指揮者をしたりします。

他にも指導者として活躍したり、作曲もしたりとカントルはかなりの重責を担っています。

この頃にもたくさんのカンタータを作曲しましたが、一番の功績はマタイ受難曲BWV244であるといえます。

この曲は、福音書による大規模な声楽作品で、宗教音楽の最高峰として挙げられています。

晩年の1746年、フリードリッヒ大王に演奏会に呼ばれ、大王が出した主題から、即興演奏を行います。これは音楽の捧げ物として、大王に献呈されました。

そして1750年に目の薬の副作用により生涯の幕を閉じます。

まとめ

今回は、バッハの管弦楽組曲第3番ニ長調の中の「アリア」と、ウィルヘルミが編曲した「G線上のアリア」についてまとめました。

この機会に、バッハの管弦楽組曲第3番ニ長調音楽の全曲を聞いて、「G線上のアリア」と聴き比べてみるのはどうでしょうか?

2つの曲は9度も音程が違うので、全く違った世界感が楽しめると思います。